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 ホロトロピック・ブレスワーク  Holotropic Breathwork

2008〜

体験記1

 ホロトロピック・ブレスワークでは本当にお世話になりました。心より感謝申し上げます。

 

 仕事とその人間関係の中でとても疲れて、この5月を乗り切るには自分をなんとしてもリフレッシュする必要があると思って、参加させていただきましたが十二分にその期待通りの結果を手にすることができました。

 

 今朝家内から「元気になって帰ってきて良かったね。」と言われ、「判るの?」と尋ねると、 「全然違う。ワークに行く前は心身ともに疲れ切っていて大丈夫だろうか心配していた。今は安心できる。」との返事が返ってきました。自分の体験を話し、創った詩を読んで聞かせると、「本当に嬉しかったんだね。」ととても喜んでくれました。貴重な体験をさせていただきました。自分の誕生には多くの人のかかわり、サポートそして想い、愛があったのだということを実感しました。それに応え自分も文字通り必死で頑張り、みんなが最後まで諦めずに励まし合い、ぎりぎりのところで互いの気が繋がりあったところに一つの生命の誕生があったのだと気がつきました。

 

(私は自分の生まれた時のことについて母から聞いたことはなかったのか、忘れてしまったの か記憶はないのですが、今朝家内と話をすると、「「頭が大きくて中々出られないので死んでしまうのではないかと思った。もうだめかと思ったら産まれてきた。」と私の母から聞いた。」と言っていました。私のワークの中での体験(苦しくて苦しくてもがき続けもうだめかと思ったところで、暗闇が一瞬紫色の光に覆われ、ピンク色のエネルギーの塊になって出てきた)に符合しているようで驚きました。自分の生まれた時のことを間接的にも知ることができて良かった。)

 

 そしてこれらの営みが、太古の過去から繰り返されてきた結果始めて今の自分の存在があるのだということに不思議な感じがします。また、これまで自分が成長できた陰にも、多くの人々のかかわりがあったということも再確認しました。

 

  今回結果が出るかでないかの、違いはごく僅かの差でしかないということ、だめだと思った時こそがチャンスだということを実感しました。そして結果が出るまで努力を惜しんではならないということを学んだような気がします。

 

  ところが現実の生活では、簡単に諦めてしまう自分がいます。悪い状況を予測し、失敗を恐れ行動を後回しにしたり、避けようとしたり、すり抜けようとして上手く立ち回ろうとすることが良くあります。

 

 また、人を切り捨てたり、援助の手を差しのべることを途中で止めてしまった、見て見ぬふりをしたりする自分がいます。そんな時は、原因を人のせいにしたり、環境のせいにして現実に立ち向かおうとしないことが多々あります。

 

 困難な状況こそが、人が自分を必要としている時であったり、自分の成長のチャンスであることに気がつきました。また、自分に必要であるから、このような困難な状況が訪れてくるのだとも思います。

 

 そして、その時に正面から向き合い、乗り越えていくことこそが大切であり、そうしてこそ価値があるのではないかと思いました。

 

 2人の講師の参加者に対する想いの深さ、暖かさに感謝します。同時に他の6人の参加者にも恵まれ、多くの学びを得ることが出来ました。真摯な姿勢、心遣い、愛、繋がりを感じる3日間でした。

 

 格段に気負うことなく、淡々としながらも日常に活かしていきたいと思います。  本当に有り難うございました。

 

***そして3週間後のお便り***

 

参加させていただいてから約3週間経ちましたが、元気に毎日を過ごしています。固くなった土を掘り起こし空気を入れたような、落ち着いたような感じがしています。自分の中に確かなエネルギーを感じて仕事ができているようです。そのエネルギーを少しずつ増幅できていければと思っています。

 

 

〜2007

体験記1

 ホロトロピック・ブレスワークにはじめて参加しました。「変性意識」を自らの呼吸によって誘発し、それがもたらす癒しや自己成長の促進ということがどういうものなのか、興味がありました。参加するにあたっての予備知識については、『人はいかに癒されるか』(風雲舎)の中でティムさんがホロトロピック・ブレスワークについて書かれている一編を読んで、のぞみました。あまり知識から入りすぎずに、自分の感じるままをただ感じようという気持ちが大きくありました。それでも前日には少し不安に思い、母親に私の出生の時の詳しい話をきいてみたりもしました。聞けば、最初に破水してしまい、その後、十数時間子宮口が開かず、その間病院から他の病院へ移動するなど、精神的にも身体的にも負担が大きかったことを知りました。

 

 初日。まずセッションに入る前に理論的な説明があり、早速私達のセッションをはじめることになりました。マットを並べて自分の場所をつくり、ストレッチでカラダをリラックスさせた後、深く速い呼吸を練習しました。意識的に呼吸するということは普段あまりないことで、最初は大変かなあ、と思いましたが、ほんの数回やってみただけで手足がしびれるというカラダの感覚がありました。どうしてもセッションをやめたければ「ストップ」といってやめることができる、というお話が先にあったので、自分のペースでやっていいという安心感は重要でした。 ほんとうに旅に出かけるようなワクワクした気持ちが起こり、ティムさんが自分の旅を楽しんできて下さいと声をかけたのをきっかけに、ドラムの音に合わせて呼吸をはじめていきました。

 

 深くて早い呼吸をしていくと、手足のしびれがありました。あらかじめ知っていたので、不安に囚われることなく、目安に考えることができたので続けるのが楽でした。そして、肩や足、背中が硬くなっている感覚が起こりました。自然とそこを触りたいと思い、手をやることにしました。坐骨神経痛の症状があったこともあってか、腰と足の辺りが重かったので、足を立膝にして動かしたりもしていました。そのうち体をまるめると楽だったので、横を向いて、カラダを丸くしました。 ずっと眼をつぶっていましたが、最初から真っ暗というのではなくて、すこし白い点がかすかに混じっているという映像に見えました。すぐに、視界の向こうが明るいことに気がつきました。暗いはずなのに明るく感じるので、カーテンを開けているのかなと、考えたりもしていました。アタマが痛くて、手で押さえたりしていました。ティムさんの声で「ボディワークをして手伝いましょうか」と言われたように思ったので、うなずいて答えました。

 

 カラダを圧迫されると、痛みと、抵抗したい気持ちがどんどん沸き起こって来ました。 聞こえている音楽が、震えるような気持ちを高めている感覚もありました。誰かが座ってこちらを見ている、という様子が見えていました。何もしてくれない、その人は味方なのかどうかもわからない、ということを感じていました。 「自分が望んで起こした痛みではない。どうしてこんな状況にいなければいけないのか。どうして、どうしてこんなにまで悲しい思いをして、変化に耐えなければいけないのか。」圧迫されることに抵抗していると、そんな怒りと悲しみの気持ちが起こってきて、スイッチが切り替わる様な感覚とともに、泣き声が出てきました。悲しくて泣きながら、抵抗したり、又抵抗を止めて「そんなに痛くないのかもしれないから、このままでいたい」、という矛盾した解釈の感情も起こりました。 でも、本当にこのままでいることはかなわないのなら、私は立ち向かって進んでいく必要があるんだ、ということに気づいて、泣きながらもそれを力にかえよう、と思いなおし、必死に抵抗していくと、「抜けた」という感覚とともに、安心と、喜びがおとずれました。 エネルギーを発揮する喜び。

 

 さっきから座ってこちらを見ていた人は、オレンジ色の袈裟を着た男の人で、右手側面をこちらに向けて顔の下あたりに立てて、左手を腹のあたりにおいているのが、はっきり見えました。「この人は味方だったんだ。ずっと見ていてくれたんだ」という喜びもありました。喜びと同時に、深い悲しみでした。 日常でも起こっている私の悲しみというものと同じ感覚であるということがよくわかりました。別離や変化には、怒りにもにた、深い大きい悲しみを感じているのだ、ということを改めて自覚するものでした。まさに、出生時の再体験なのだと感じていました。 泣き声も涙も止まらずにいると、誰かの手が私の頭や体に触ってくれていました。その暖かい心に触れて、安心を感じました。音楽が心地よく感じ、その状況に自分を任せていると、後ろに日本的な格子のような、網のような何かを背景にした、先程の「オレンジ色の袈裟を着た人」は全く動かずにいました。誰なのかと思っていると、「私はお前だ」という答えが聞こえた様に感じました。そうだったのか。 しばらく見ていると、そこは雲の上だということがわかりました。舞台をみているような感覚で観ていると、その人から少しはなれた横の方に、白い女神だと思われる人が立っていました。 宇宙人を思わせるような、太陽の塔のような顔でした。

 

 そこから場面が宇宙の中に変わって、宙に浮かぶ船を下から見ている構図になりました。下に緑のアマゾンのようなジャングルが見えてその映像に寄ったかと思うと、また宇宙にもどっていて、弦楽器を持った東洋的な女神が浮かんでいました。すると先端が赤と青の、2つの光が並んで宇宙の彼方へ向かって行きました。意味を考えたほうがいいのかなとか、忘れないだろうか、という邪心も浮かびつつ、次々見えてくる映像を、楽しい思いで見ていました。 ジャングルの中には、多分ボノボだと思われる家族の群れがいたり、川の上空にトラが浮かんでいたり、伊勢えびや、おむすびも浮かんでいました。全部カラーで3D映画を見ているようでした。 セッションの後、感じたままを絵に残して、一日めのワークを終了しました。 夕食のメニューはカレーで、さっぱりと辛味がきいていて、とてもおいしくいただきました。つくる人のパワーが料理にこんなにも生きてくるものなんだ、という話題で話が弾み、楽しいアットホームな雰囲気に、食事もますますおいしく感じました。

 

 2日目には海へでかけ、自然の中で昨日の体験を消化する時間がもたれました。昨日のセッション中に沸き起こった感情とは対照的に、とても静かで落ち着いた頭になっているのがわかりました。 同時に、今、ここにいる自分を感じ、心地よい一体感のなかにいました。悲しみや怒りはエネルギーであり、その一体感のなかに融合している。 セッション中に見た、宙に浮かんでいるものや、神秘的なものは、日常では浮かぶはずがないと思いこんでいるものや、見た目の形や大きさにとらわれていることが多いことに気づきました。それなど関係なく、浮いていても、地にあっても、美しくても、たとえ醜くても、全ては一つのことなのだ、と感じていました。そしていまここにいる一瞬も、連続した終わりない一瞬も、同じなんだ。この体験で本当に大事なことは、神秘的な体験そのものではないのではないか。「なにも空や宇宙に、そしてトランスパーソナルな領域に、私の日常があるわけではない。そこに逃げるようなことでもない。地にしっかり足をつけて、おおらかで、さわやかな広い心でいること。そうして、日々をできるかぎりの可能性に向かってただ、"よく"生きる。それが、トランスパーソナルな領域と私をつなぐものだ。」という、思いです。"一瞬に全てを広げよく生きる。"

 

 その後に、お互いの絵を見ながら体験を分かち合い、深い理解を得ることもできました。大事な体験を一緒にしていたんだ。感謝の気持ちでした。 本来のワークは終了して、残り時間を海岸で過ごすことになりました。ティムさんよしこさん、お二人が作った、かわいいすいかを頂いて、そのみずみずしいおいしさにとても驚き、うれしい思いでした。裸足で砂と、波の感触を味わい、楽しむこともできました。

 

 セッションの終わりの頃に見えたもので、黄色い大地が現れ、切り立った丘の上に、インディアンの青年が燐と立ち、遠くを見つめている姿がありました。私はそのとき、大地の上に立っていました。青年の勇気を思わせるその姿は、現在の私にとってふさわしいカタチで訪れた、大事な"方向性を示すもの"だった。 "時を知る"ということだったと今は思っています。


---chieko.y

体験記2

 ブレスワークは、すばらしい体験でした。その後、日常生活に 戻っても少しずつ新たな気づきがあります。 私は、感情を表に出すことに恐怖感があって、自己表現したくてもできなくて、つらい状態でした。ブレスワークの前半に見たヴィジョンは、暗くて狭いところで手足が締めつけられて身動きがとれず、怖くて苦しい感じでした。 生まれる時のことを、再体験したのでしょうか。(後に、母から聞いた話だと、病院で私を出産するとき、陣痛を促進する注射か何かをされたそうです。) 締めつけられて身動きのとれない苦しい感覚は、今までずっと私の中で精神的に続いていたような気がします。 それから、大きな声で泣いていました。そのとき、今までおさえていた感情が出てきたようです。 私は、子供の頃から親の前でも自分の感情をあまりだせなかったのですが、本当はもっと甘えたかったのだと言うことが、初めてわかりました。でもブレスワーク中、 泣いているときにボデイーワークをしていただくと、心も体もすーと楽になりまし た。そして、ヴィジョンの後半は、広くて明るいところに出て、赤や緑の光の中で踊って いたのですが、それは、自由に自己表現している未来の私だったのかもしれません。そのあと、皆さんとブレスの体験を分かち合えたことで、さらに癒され、 以前より、ありのままの自分を受け入れられるようになりました。 この体験を通して、私の深いところで確かな良い変化がありました。 これからも、自己探求を続けたいと思います。 ありがとうございました。

---女性

体験記3

 私がホロトロピック・ブレスワークに参加したきっかけは、『人はいかに癒されるか』 を読んで興味をもったことです。 当日はとてもアットホームな雰囲気のもとでワークを行えたのではないかと思います。というものの、「私にできるの?」という不安感もなかったわけではありません。 だから、セッションが始まる直前に行った呼吸の練習では、緊張もあって疲れてしまいました。何分も行わなかったのに。そのときの印象はというと、「呼吸って大変!」 というものだったでしょうか。

 いよいよ、本番が始まりました。やはりわたしにとって、大きくて速い呼吸は大変でした。何よりも、息を吐き切ることが難しかったのです。でも頑張っていました。自分なりに頑張っていました。そうこうしているうちに、 手足がしびれ、体温が下がってきたことが感じられました。音楽もとてもダイナミックでリズミカルで刺激的で良かったです。そんな状況の中で、ティムさんによるボディーワークが始まりました。体をおさえて 私の呼吸を手伝ってくださいます。「ほらほら頑張って!そうそうその調子!いいよ!もうすこーし!もうすこーし! いいよ!出して!出して!出し切って!! よーし!よくやった!」 体験したことはないのですが、何だか出産をしているようでした。息を吐くとともにお腹の中にあるものをすべて出し切った感じがしました。大声をだして。そして、出し切った後は、「癒しの波」とでもいったらいいような状況の中にいました。それは、とてもほっとする、落ち着ける感覚でした。イメージとしては、とてつもなく深い海や、宇宙の中にいるような感じでした。少々抽象的ですが、「深い」 というのはこんな感じなのかな・・ということを体験しました。何が、という主語は 特にないのです。ただ「深い」という感覚です。そしてこの感覚を味わいながら、私は本当に癒され、本当に幸せでした。ゆっくりとしたテンポの音楽にくつろぎながら完全に身を任せているうちに、 セッションは終了しました。練習時の印象とは変わり、「呼吸は楽!」でした。

 ブレスワークのセッションそのものも良かったのですが、それ以外の時間も大変有意義でした。体験を絵にし、その絵をもとに分かち合いをしました。森に行きました。海にも行きました。地球の子宮といわれているところを見ました。とてもおいしい食事をいただきました。そして、ティムさんとよし子さんのあたたかさが何よりも嬉しかったです。今思うに、わたしは"すべてを出し切る感じ"、"出し切った後の深み"を体感するために、このワークに参加させて頂いたような気がします。ついつい遠慮して、そこそこのところでやめてしまったり、もうちょっとというところで頑張りがきかないようなとき、ブレスワークで体験した感覚を思い出していこうと思っています。私にはそれが必要な気がするのです。本当に貴重な体験をさせていただきました。感謝しています。

---女性

体験記4

 ワークショップに参加する前は、何かとんでもないものが自分の中から出てくるんじゃないかと不安でたまりませんでした。でも呼吸だけに集中すればいいという講師の話を聞いてやってみると、回りのことも不思議と気にならず、本当の意味での自己表現というか、自由に体が動き、自分の中からエネルギーがあふれ出てきました。ヴィジョンも出てきました。自分が宇宙空間の中にいて、地球を抱いています。自分が安らぎ、癒されるのを感じました。それからその地球は母なる大地だということに気がつきました。私は自分の母との関係が良くないのですが、大地の母が自分の本当の母親であることがはっきりわかると同時に、実際の母に対する愛情が自然に湧きあがって、涙があふれました。セッションが終わったとき、これまで経験したことのないほど自分が深くリラックスしているのに気がつきました。

---20代半ばの女性

体験記5

 正直言ってここに来る前は、あまり深い意識に自分が入らないままで終わってしまうのではないかと思っていました。参加してみて、短時間で、こんなに深い体験ができる効果的な方法が本当にあったことを知り、驚きとうれしさで一杯です。巷にはさまざまなワークショップがありますが、失望することも多く、今回確かなものに出会えたことに、本当に感謝しています。

---50代の男性

体験記6

 ホロトロピックのワークショップにこれまで6回参加しました。回数を重ねるにつれ、否定的に物事を考えがちな自分のパターンが少しづつ外れてくるのを実感することができます。また、最後に呼吸法を体験したときには、シッターとしても深い体験ができ、「慈悲」とはこういうものか、と思うような経験でした。

---40代前半の男性

体験記7

 私はいつも、自分が望まれて生まれてきたわけではないという感じを漠然ともっていました。とくにこれといって強い悩みを抱えていたわけではないのですが、何をしても幸福感が得られずにいたのです。呼吸法の中で、私は自分が誕生時にさかのぼっていくような体験をしました。子宮の中にいる私に、母親の気持ちがじかに伝わってきました・・・。やはり母は父との関係に問題があり、私の誕生を望んでいなかったのです。それでも私は、不思議な解放感に包まれていました。薄々そうじゃないかと思っていたことが、はっきりと確かめられたことで、何かがふっきれたのです。 

---30代後半の女性

体験記8

 呼吸法を始める前は泣くつもりでいましたが、予想外に、心からの笑いがずっと湧き出てくる体験となりました。笑いを抑圧していたんだと思います。笑いを抑圧することがいかにマイナスか、実感したことは、大きな気づきになりました。

---S.K.